ようこそ、スロノートへ。
この連載は、負けてばかりだった”とある実践者”が、どうやって収支をプラスに変えたか——その全記録だ。立ち回りの教訓に入る前に、まずは彼が「なぜ打ち始め、どう溺れていったか」を話そう。
勝てない君にも、きっと覚えがあるはずだ。(語り手=スロ先生)
きっかけは、たいした話じゃなかった
コロナの自粛が、ようやく落ち着いた頃だった。
なのに、以前みたいには戻らなかった。飲みに行くことも、友達と集まって騒ぐことも、なんとなく減ったまま。気づけば、予定のない夜と、手持ち無沙汰な休日だけが増えていた。
その”暇”が、僕をパチ屋に運んだ。
正直に言えば、抵抗はまるでなかった。学生時代、パチンコ店でバイトをしていたからだ。あの音と、あの光。むしろ懐かしいくらいだった。
「面白い」が、少しずつ「毎週」になった
久しぶりに座って打ってみたら——面白い。
当たった時の高揚。目の前でぐりぐり動く演出。全部が、退屈な日常への刺激だった。
最初は「たまの息抜き」のつもりだった。それが週末だけになり、平日の夜にも寄るようになり、気づけば「行かない日を数えるほう」になっていた。頻度は、自分でも驚くくらい静かに上がっていった。
資金管理なんて言葉は、頭になかった
借金だけはしなかった。そこだけは、かろうじて踏みとどまった。
……が、誇れるのはそれだけだ。
「今日はいくらまで」も、「ここでやめる」も、何ひとつ決めていなかった。
財布にあるだけ。口座にあるだけ。勝てるまで、あるいは、無くなるまで打つ。──”資金管理”という発想そのものが、当時の僕には存在しなかった。
だから貯金は、静かに、確実に溶けていった。
記録を付けて、初めて”現実”を知った
ずっと後になって、収支を付け始めた。そして、数字を見て青ざめた。
- 記録が残っている1年だけでも、打ち込んだ額は 約680万円
- 差引の負けは16万ほど。でも 一時は累計−31万 まで沈んでいた
- しかも、記録すら付けていなかったそれ以前は──正直、いくら負けたのかも分からない
「趣味」と言い張るには、あまりに雑で、あまりに無防備だった。
それでも、やめられなかった
ここが、負け組の一番苦しいところだと思う。
お金は減らしたくない。でも、パチスロは楽しいから打ちたい。
この2つは、冷静に考えれば矛盾している。減らしたくないなら、打たなければいい。それだけの話だ。
でも、打ちたい。やめられない。だったら、答えは一つしか残っていなかった。
——打つなら、勝つしかない。
スロ先生より
この開き直り——「打つなら勝つしかない」——が、僕の”本当のスタート”だった。
次回は、僕がどんな負け方をしていたのか、その中身を正直に解剖していく。笑ってくれていい。たぶん、君にも心当たりがあるはずだから。
※本記事は個人の体験の記録です。勝ちを保証・推奨するものではありません。パチスロは20歳以上の娯楽です。のめり込みに注意し、余裕資金の範囲で。
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